タイトルイメージ
本文へジャンプ  
             

 

名古屋てっちゃん旅行記


2001年5月24日〜28日

Text: アベトンボ


1.プロローグ


 思えば私がいわゆる「てっちゃん」(俗に言う「鉄道マニア」)になったのは中学生の時だった。当時、私のまわりには、てっちゃんがそれこそ沢山いて、私は彼らとつき合っていくうちに知らず知らずのうちにこの趣味に染まっていってしまったのだ。そして気がつけば、今では自分自身も立派なてっちゃんになってしまったような気がする。

 ところで、今は人の出会いの形としてインターネットが大いに利用されている。良くも悪くも、インターネットでは普段の自分の生活だけでは知り合えない人々とも知り合いになることができる。私もそのネットの恩恵を受けている者の1人であり、ネット上で同じ趣味や嗜好を持つ人々と知り合うことができた。しかも現在では、それらの人々と、ネット上だけでなく、実際に会って普通につき合うまでになっている。

 今回の旅は、そのようにして知り合った中京圏の人々に会いに行くための旅であり、近鉄や名鉄などの私鉄に乗りまくるための旅であり、ついこの間世界で4番目に誕生した「名古屋ガイドウェイバス」に乗るための旅であり、そして某サイト主催のオフ会に参加するための旅なのである。

 今回の旅の期間は5月24日(木)〜5月28日(月)。GWがとっくに終わってしまったにも関わらず、出発日も帰還日も平日という、およそ浮世離れした暇人大学生ならではの期間設定である。(逆にGWはバイト漬けにされていて、旅行どころではなかった。)個人的には、週末を利用して小旅行に出かけてきたつもりなのである。

 以下、初めに計画した段階での日程を示しておく。


日程
1日目(5月24日)
東京から「ムーンライトながら」に乗車。車中泊。
2日目(5月25日)
「ムーンライトながら」で早朝名古屋着。
昼間、近鉄の"特殊狭軌線"を堪能。
夕方、名古屋駅で名古屋在住のMさんと落ち合い、夕食後、Mさん宅へ。
Mさん宅泊。
3日目(5月26日)
終日Mさんと共に中京圏の鉄道を堪能。
Mさん宅泊。
4日目(5月27日)
早朝Mさん宅を出発。
Mさんと共に名古屋駅でIさんと落ち合い、3人で某サイト主催のオフ会に参加。
夜はオフ会のなりゆきでどこかに宿泊。(いい加減)
5日目(5月28日)
特に行き先も決めず、ブラブラして、夜までには帰宅。

 お分かりの通り、かなりいい加減な計画である。(特に後半)私自身も計画した段階ではちょっと不安になってしまったが、いざ出発の日を迎えると、何とかなるだろうという気持ちになった。
 今回の旅は、あくまでも「てっちゃん」的旅なので、文章中にも各所にマニアックな話題が出てくるとは思うが、そこは文章の主題である故、ご容赦いただきたい。
(毎回「てっちゃん」的話題が出ているよというツッコミは却下!)
 では、出発進行!!(ここでTVとかだったら、汽笛が鳴るんだよなぁ。)


2.「ムーンライトながら」


 2001年5月24日(木)23:00、私は東京駅の東海道線ホームにまたやって来ていた。「また」と言うのは、何かとしょっちゅうこのホームを使うからである。
 今回の旅の始まりを飾ってくれる列車は快速「ムーンライトながら」。東海道を安く移動したいと思う人にとっては毎度おなじみの列車である。今は学校が休みの時期ではないので、春休みや夏休みの時期にうじゃうじゃいる貧乏旅行者達の姿はほとんどなく、ホームには数えられるほどの人がいるだけでいたって静かであった。
 23:20、神田方から「ムーンライトながら」が入線。ドアが開くと、ホームにいた人々はみんなさっさと乗り込んでいった。この様子を見るところ、皆さん、この列車を使い慣れているような感じであった。
 23:43、列車はそこそこに乗客を乗せて(乗車率でいうと、8割程度か?)、定刻通り東京駅を出発した。車内もいたって静かで、まわりの人々は発車早々に眠りに入ってしまった。私はすぐに眠る気にはなれなかったので、しばらくの間読書をし、適度に眠くなってきてからリクライニングシートを倒した…。

 ところが困ったことに、このムーンライトながら、夜行列車ではあるが寝台列車とは違って深夜明かりを消すというようなことは全くしない。私は何回か浅い眠りにつくことはできたものの、とうとう最後まで深い眠りにつくことは1回もできなかった。熱海・静岡・浜松と東海道線上の主要駅に長時間停車する度に私は目が覚めた。だいたいこのように深夜長時間停車するときは、列車の時間調整という意味合いの他に列車運転要員の交代という意味も含んでいる。そして東海道線などの大幹線では、このとき決まって横を長大編成の貨物列車が轟音をたてて我々の列車を追い越していくのだ。貨物列車は何かと影が薄いが、こういう光景を見ていると、貨物輸送もまだまだ捨てられたものではないなという気になってくる。

 2001年5月25日(金)4:23、列車は豊橋に停車。ここでも「ムーンライトながら」は30分ほど停車する。停車中に夜が明ける。さすがに5月も下旬となると、日が昇るのが早い。

列車は早朝の爽やかな空気の中、豊橋を出発。ほとんどの乗客はまだ眠りこけている。何でそんなに眠れるのだろう?
 「ムーンライトながら」は豊橋までは深夜帯を走ることもあり、主要駅にしか停車しないが、豊橋から先は名古屋まで、途中「三河塩津」・「尾頭橋」の2駅のみを通過して各駅に停車する。

 豊橋からしばらくの間は海岸付近を走るので、時々三河湾を車窓から見ることができた。私はここに来て急に本当に眠くなってきたので、蒲郡を出た頃に眠りについてしまった。そして目が覚めると列車は既に名古屋市内を快調に飛ばしていた。まもなく右手から中央線と名鉄名古屋線が近づいてくると、名古屋のサブターミナル金山に停車。金山駅は以前はJRと名鉄でバラバラに駅があったが、数年前に統合され、東海道線にもホームができて、「金山総合駅」として再出発している。「総合駅」化後、利便性が大いに向上したこともあって、金山駅は以前は名古屋市内の単なる1駅だったが、現在では名古屋駅(JR・名鉄・近鉄・地下鉄)に次ぐ名古屋市内第2ターミナルとして機能しているのである。尚、地下鉄名城線も地上の3路線に垂直に交わるように金山駅に地下で乗り入れている。


(未完)