春、四国旅行
Text: アベトンボ
2001年3月5日(1日目)
1)早朝の出発
2001年3月5日、朝起きたら外は晴れていた。私は父親を無理矢理起こし、自家用車で新横浜駅まで送ってもらった。(家から新横浜駅までの運転は私であるが…)早朝の新横浜駅は朝6時台だと言うのに、新幹線に乗る人で既にいっぱいだった。私は構内の崎陽軒で朝食用にチャーハン弁当を購入し、6時30分新横浜発の「ひかり」111号に乗車した。(この列車は東京発「ひかり」の始発列車である。)私が乗るのはもちろん自由席であるので、列車に乗り込むと早速空席を探した。だが、早朝の列車であるにもかかわらず、自由席はだいたいの席が既に埋まっていた。さすがと言うか、恐るべき東海道新幹線である。
私は山側(2列席の方)に何とか空席があるのを見つけ、そこに座った。となりの通路側の席には既にビジネスマンが座っていた。私は席についてからすぐに弁当をひろげる気は起きず、小田原を過ぎるあたりまで窓の外を見てボーっとしていた。天気は晴れであるが、雲の様子や空の色はまだ冬そのままである。四国の方も寒いのだろうか、何だか不安である。
チャーハン弁当は、崎陽軒らしく、おなじみの焼売が3個ほど入っているのがうれしかった。ただ、朝食にするにはちょっと重たい代物だった。私は弁当を食べると、後は特に何をするでもなく、またボーっとしていた。朝起きるのが早かったので、頭がまだ完全には動き出していないようだ。外の天気は名古屋までは晴れていたのだが、名古屋を出たとたんにパラパラと雪が降り出した。関ヶ原付近のみ雪が降るのは何となく分かるが、まさか平野部で雪に降られるとは思ってもいなかった。やっぱり今年の冬は平年並み(?)に寒いということを改めて実感した。米原に差し掛かる頃には雪もやんで、また天気は晴れに戻った。列車はそのまま晴れた空の中を岡山まで走り、私は10時6分に岡山で下車した。
2)風が吹く中の四国入り
岡山駅は何やら修学旅行生でにぎやかだった。私は急いでトイレをすませると、11番線ホームに移動した。予定だと、ここから10時34分発の快速「マリンライナー」21号に乗るのである。ホームにはその列車と思わしき列車が既にとまっていた。しかし、ここでホームの電光掲示板を見てみると、何か様子が変だ。今ホームに停車している列車は10時6分発の快速「マリンライナー」19号になっている。「マリンライナー」であっても、一本前の列車である。別にその列車であっても、四国入りするには問題ないので、私はその列車に乗った。乗った途端にアナウンスがあり、事態が把握できた。どうも強風のために瀬戸大橋を列車が通行できないようなのである。それで一本前の列車がまだホームに待機しているというわけだ。アナウンスは続いて、突然この列車を「マリンライナー」19号から21号にすると言い出した。車両は同型であるし、私的には予定通りの列車に乗ることになるので全く問題はないのだが、急いでいたビジネスマンなどにはとんだ災難だろう。事実、そのアナウンスがあった直後には、スーツ姿の多くの人々がひっきりなしに商談先などに電話をしていた。
そういうわけで10時34分、快速「マリンライナー」21号は定刻通り岡山駅を出発した。しかし、出発したのは良いが、ダイヤが乱れに乱れたせいか、途中で止まること止まること。車内には何とも言えない気怠い空気が漂う。列車は宇野線と分岐する茶屋町を出ると、ようやく本来の走りっぷりに戻った。茶屋町からは瀬戸大橋完成時に開通した新線なので、立派な高架線をビュンビュンと飛ばす。幾つかのトンネルを抜けると、横から瀬戸中央自動車道が鉄道の方に寄り添ってきた。そしてそれが鉄道の上に乗っかり、二重の高架橋となると、まもなく瀬戸大橋に突入。瀬戸大橋完成13年にして、私はようやく瀬戸大橋を通ることになったのである。瀬戸大橋に入ると、周りの乗客もみんな興奮して、車窓に食い入る。下は瀬戸内海。大型タンカーが自分達の下を通り抜けていくのが見えた。遠くに目をやると、青い空と海とたくさんの島々が見えた。自然が作った景観も当然のことながら素晴らしいのだが、瀬戸内海の素晴らしさはそれに人工の景観が溶け込んでいることである。小さな島々や本州・四国の海辺に多くの家々や工場が建ち並んでいるのが見えた。そして海面にはこれまた多くの養殖用の施設や、小さな漁船から外洋航海用の大型コンテナ船やタンカーまでが盛んに行き交っているのが見えた。瀬戸内海は紛れもなく、産業を支える内海なのである。
列車は与島の上を通過する。下にはフィッシャーマンズワーフが見えた。与島も時間があれば立ち寄りたかったが、今回は泣く泣く割愛させてもらうことにした。やがて四国が近づいてきた。沿岸に多くの工場が建ち並んでいるのを見るうちに、列車はあっけなく四国に上陸。瀬戸中央自動車道が鉄道の上を離れていき、鉄道の方は高松方と松山方に分岐する。もちろん高松行き「マリンライナー」は高松方に入っていき、今度は右側から予讃線が合流してきた。ここの大三角線はなかなか迫力があると話には聞いていたが、なるほど確かに規模が大きく迫力があった。列車は予讃線と合流するとまもなく高架の坂出駅に停車した。児島から坂出までは20分もかからず、あっけなく四国に入ってしまうのだが、それでも瀬戸内海を下に見ながら、段々と四国に近づいていく様子はなかなか感動的である。
坂出からは、地元の高校生などがどっと乗り込んできて、一気にローカル列車の雰囲気になり、20分ほど予讃線を快走して「マリンライナー」は終点の高松に到着した。
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