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春、四国旅行


Text: アベトンボ



2001年3月6日(2日目)


6)高知市内夜の徘徊?


 高知市は松山市・高松市に次ぐ四国第3の都市であり、四国4つの県庁所在地のうち唯一太平洋側にある都市である。瀬戸内海側から来て降り立ってみるとわかるのだが、空気が瀬戸内海側に比べてずっと湿っているのである。実際、降雨量も瀬戸内海側の倍あるそうで、一言でいえば外洋的な気候なのだ。町の雰囲気も高松に比べて、おおらかで南国的な感じがする。

 高知駅を出た私はまず宿に向かう。ネットで見た宿の案内によると、高知駅から徒歩5分、駅のすぐ東側にあると書いてあった。駅前で東の方向を見ると、あった、あった。今日宿泊する予定のビジネスホテルが。私は土佐電鉄の発着する高知駅前を横切り、重い荷物を背負ってホテルにそそくさとチェックインした。ロビーの係り員は、チェックインするとき、男一人で疲れた顔をしている私を見て「どういった御用で来られたのですか?」と訪ねてきた。

「いや、もう純粋な観光です。(苦笑)」

と私。ロビーには他に土木工事の作業服を着た男性数人がいたが、そのうちの一人の男性が私を見て

「おっ、四国一周かい?いいねぇ。」

とサラッと言ってきた。一週ではないが、かなり当たっている予想である。

 今日のビジネスホテルはほとんどが洋室なのだが、一部和室もある。私は面白そうなのであえて和室を予約した。部屋にはいると、6畳間に布団が既に敷いてあった。部屋には他にテレビ(もちろんペイチャンネル付き)・冷蔵庫・ちゃぶ台・ポット・湯飲み・電気スタンドとごく普通の物が置いてある。テレビの横はちょっとした床の間になっていて、ちょっぴりうさんくさい掛け軸がかけてあるのが何とも安宿っぽくて最高である。(失礼)とはいえ、きれいに掃除は行き届いているし、それぞれの部屋にバスタブとトイレもあるので快適な夜を過ごせそうである。


 私は荷物をおろすと、早速夕食を食べに町へ出た。日はすっかり暮れており、何だか街灯が少ないので時刻以上に暗くなっている感じがする。裏を返せば、それだけいつも夜でも明るいところで暮らしているということだろう。ホテルは高知駅前を東西に横切る通りにあるので何かと便利だ。5分ほど歩くと高知駅前。駅前からは土佐電鉄の路面電車が発着しており、とりあえずこれに乗った。土佐電鉄は2路線からなり、1つは高知の市街地を南北に貫いて、高知駅前〜桟橋通五丁目を走っている。全線路面上の軌道である。もう1つの路線はかなり長く、高知市西方の伊野から高知市内を東西に横切って高知市東方の後免町まで走っている。高知の市街地こそ路面を走るものの、東西の端の部分は専用軌道区間となる。2つの路線は高知市の中心である「はりまや橋」で交わっている。この土佐電鉄、国内ばかりでなくポルトガルやノルウェーなど様々な国々から中古の路面電車の車両を買いつけて走らせていることで有名である。だからどの電車も1つとして同じ物がなく、見ていてなかなか楽しい。私がとりあえず乗った電車は旧都電の車両だった。乗客をある程度乗せると電車は高知駅前をゆっくりと出発し、高知市内を南に向かって走る。2つ目の停留所が「はりまや橋」でここで降りる。この付近が繁華街になっているので、ここで飲食店を探そうと思ったのである。

 「はりまや橋」という名前は全国的に知られているが、現在橋そのものは「橋」としての機能は全く持っていない。もともと、はりまや橋は江戸時代に藩の御用商人同士が互いの往来のために架けたのが始まりらしい。その後、橋は時代を経るに従って鉄橋・石橋へと形を変えていき、昭和33(1958)年に朱塗りの欄干の橋になったそうだ。この橋が一般的にイメージされる「はりまや橋」である。その後、川自体が埋め立てられてしまったので、橋も道沿いに欄干を残すのみになってしまったらしい。平成10(1998)年には周辺の再開発が行われ、現在は国道沿いに昭和初期に架けられていた石造りのはりまや橋の欄干が再現され、一帯がはりまや橋公園となっている。

 とまぁ、これが有名なはりまや橋の沿革であるが、実際見てみると、本当にただの橋の跡という感じしかしない。なぜこの橋がこんなにも有名なのだろう…?今はどう見ても完全に市のモニュメントと化している気がする。

 はりまや橋周辺の繁華街は表通りにデパートや銀行が建ち並んでいて、裏通りはアーケードの商店街になっているようだ。飲食店はまだ大多数が営業していたので、店が閉まっていて困るということはなかった。(地方都市に行くと、概して大都市に比べて閉店時刻が早いので気をつけなければならない。)一角に土佐料理の店が何軒も並んでいるところがあり、その中で比較的入りやすそうな店に入ってみた。店内はにぎやかで、私は一人なのでカウンター席に案内された。土佐名物と言えば、まずカツオ抜きには語れないので、私はとりあえず「カツオたたき定食」を注文した。約¥2000。その土地の名物料理を食べようと考えればこの値段は妥当だろう。店のおばさんは、私が空腹の貧乏学生と見越してか、「ごはんは大盛りにサービスしておくわよ。」とうれしい計らいをしてくれた。しかし、しかし、である。メニューを見てますます思うのだが、地酒が飲みてぇ!!ハッキリ言ってここまで来たからには地酒が飲みたいのだ。土佐は言わずとしれた酒どころ、そこに来て酒を飲まずしてどうする!と思うのだが、酒を飲むと途端に飲食費が倍増するに決まっている。しかも一人旅なので、酔っぱらってしまった場合にフォローしてくれる仲間もいない。泣く泣く我慢である。

 「カツオたたき定食」はたたきの他にご飯・小鉢・漬け物・味噌汁・そしてドロメがついてきた。「ドロメ」とはイワシの稚魚のことで、これを酢味噌で食べるのだ。チュルチュルとした食感が妖しくてくせになりそうである。ちなみにこのドロメを肴に酒の飲みっぷりと速さを競うその名も「どろめ祭」が毎年4月の終わりに県内の赤岡町で開催され、TVなどでもよく紹介されているので、多くの人が「ああ、あれのことか」と気づくかもしれない。この祭りでは何と優勝者級は男性は1升、女性は5合を15秒ほどで飲み干すそうだ。私には絶対真似できない…と言うか真似したくもない…。(苦笑)それから味噌汁は具にアサリの他にそうめんが入っていたのが面白かった。

 こうしてうまい物を食べたら、さすがに今日一日動き回った疲れがドッと出てきた。私は今度は電車を使わずに歩いてホテルまで戻り、ホテルに戻ると風呂に入って、地酒に手が出ないので、冷蔵庫に入っていた缶チューハイで我慢して眠りについたのだった。


*はりまや橋近くのホテルの入口に「叶姉妹の優雅な夕べ」と書かれたポスターが貼ってあったのだが、彼女たちは一時期の某タイガース監督夫人のように全国で講演会(ディナーショー?)をしまくってお金を稼いでいるのだろうか?今日一番気になる事柄だった。


(未完)